← Library‹ 泥棒と若殿 六

伝九郎でんくろうはごくたまに、それもきわめて断片だんぺん的てきに、自分じぶんの身みの上うえばなしをした。

生活せいかつの環境かんきょうがちがうし、こまかい部分ぶぶんは話はなさないから、ごくあらましのことしかわからなかったが、ぜんたいとして、その過去かこはいたましいほど運うんが悪わるく、聞きくほうでも暗然あんぜんとなるようなことが多おおかった。――彼かれは江戸えどの下町したまちの生うまれで、家いえはちょっとした乾物ひもの屋やだった。父親ちちおやはおとなしい好こう人物じんぶつであったが、酒さけを飲のむとひとが変かわり、あるだけの金かねを持もってとびだしたきり、五いつ日かも六むい日かも帰かえらないようなことがしばしばあった。結局けっきょくは店みせを飲のみつぶしてしまい、親子おやこ三さん人にんで長屋ながやへひっこむと、まもなく父親ちちおやは急死きゅうしした。急死きゅうしといっても酔よって川かわへおちて死しんだのである。

「おらあそれで七ななつの年としから蜆しじみを売うりに出でたもんだ」

母親ははおやが後夫ごふをむかえ、彼かれは日本橋にほんばしのほうの海産かいさん物ぶつの問屋とんやへ小僧こぞうにいった。義理ぎりの父ちちというひとがまたずぬけた酒さけのみで、母親ははおやはずいぶん苦労くろうしたらしい、そのためか三さん年ねんばかりして亡なくなった。

「だから十じゅう三さんでおらあみなしごになったわけだ、本当ほんとうはみなしごなんだが残のこったその義理ぎりのおやじてえのがいる、こいつがおれの厄病やくびょう神かみになりあがった」

新しん三さんというその男おとこは、妻つまに死しなれてから三み日かにあげず店みせへ来きた。伝九郎でんくろうをよびだして小遣こづかい銭ぜにをねだる、いつもひどく酔よっていて、大おおきな声こえをあげたり、ときには暴あばれたりした。なにかの職人しょくにんだということだが、もうまえから仕事しごとなどはしないらしい。博奕ばくちうちにでもなっているのか、風態ふうていも悪わるいしいやな人相にんそうだった。――問屋とんやの主人しゅじんもそんな人間にんげんにしげしげ来こられるのは迷惑めいわくだったろう、新しん三さんがたびたび、「こんな給金きゅうきんの安やすいところへ置おくわけにあいかねえ」などと云いうのを幸さちわい、二に年ねんたらずで態たいよく店みせからひまをだされた。

伝九郎でんくろうは樽たるひろいをした。子守こもりもした。石屋いわや、左官さかん、車屋くるまや、米屋こめや、いろいろな家いえへ小僧こぞうにいった。だがそれは職しょくをおぼえるためではない、年季ねんき奉公ほうこうの約束やくそくで、さきに幾いくら幾いくらと養父ようふが金かねを取とる、そうして少すこし経たつとそこを逃にげだすのである。つまり先取さきどりの金かねが目的もくてきなのだ、――なかには奉公ほうこうさきがよくって、逃にげたくない、この家いえで暮くらしたい、そう思おもうことがある。すると日本橋にほんばしの問屋とんやの例れいで、養父ようふが毎日まいにちのように酔よっぱらって来きて、前借ぜんしゃくを増ませとか、給金きゅうきんが安やすいとか喚わめきたて、店みせさきへ寝ねたり、暴あばれまわったりする、それでたいてい向むこうからひまがでた。

二十にじゅう五ごで妻つまをもらったとき、伝九郎でんくろうは本所ほんじょで左官さかんのてつだいをしていた。妻つまは居酒屋いざかやなどにいた女おんならしく、養父ようふが伴つれて来きていつくようにさせたのであるが、以来いらい、その長屋ながやのひと間まは博奕ばくえき場じょうのようになった。いつも妙みょうな人間にんげんが出いだいりをし、夜よどおし賽さいころや花札はなふだの音おとがしていた。妻つまは伝九郎でんくろうなどそっちのけで、そのなかまと博奕ばくえきを打うったり、酒さけの相手あいてをして騒さわいだり、まるで夫婦ふうふというようなものではなかった。

「その女おんなは百ひゃく日にちもいたかな、まもなくそのなかまの一人ひとりとどこかへいっちまった、じつはそれがその女おんなの本当ほんとうの亭主ていしゅだったらしい」

養父ようふは彼かれを搾しぼれるだけ搾しぼりとおした。そして胃いを病やんで死しんだのであるが、寝ねこんでから息いきをひきとるまで、半年はんとし以上いじょうものあいだ彼かれを「不孝ふこう者しゃ」といって罵ののしり続つづけた。――伝九郎でんくろうは三十さんじゅうになっていた、はじめて自分じぶんひとりの、好すきなように生いきられるときが来きた。そう思おもったのであるが、これといって手てに職しょくがあるわけではないし、年ねんがもう年としで、そのときどきの仕事しごとを転々てんてんと稼かせぐよりほかにしかたがなかった。

三十さんじゅう一いちで二に度どめの妻つまをもった。もう二十にじゅう三さんになる気きの強つよい女おんなでいちど嫁よめにいったことがあるらしい、こまめに働はたらけらくのはいいが、口くちやかましいうえにぐちっぽくて、おそろしい吝嗇りんしょくで、しかも平気へいきで嘘うそをついた。

「そのじぶんおらあ車力しゃりきをしていたが、親方おやかたにみこまれて古石場ふるいしばの近ちかくへ帳場ちょうばを持もたせてもらった、堅かたいところをみこまれたんだろう、車くるまを十じゅう二に台だいと曳ひき子こを三さん人にんあずかった、貸かし車くるまもするわけなんだが、――その曳ひき子このなかに吉五郎きちごろうという男おとこがいて、こいつはおれより古株ふるかぶなんだが、……悪わるい野郎やろうで、三さん月がつと経たたねえうちに帳場ちょうばの金かねをさらってずらかりあがった、そればかりならいいが、十じゅう二に台だいの車くるまもひとに売うる約束やくそくで、その金かねも持もってきあがったにはびっくりした」

もちろん彼かれはその親方おやかたとは縁えんが切きれた。一方いっぽうでは妻つまの吝嗇りんしょくと嘘うそつきと口くちやかましいのにあいそをつかしていた、がみがみと云いいたいほうだいのことを云いって、それこそ三さん杯はいの飯めしを二に杯はいに詰つめて、そうして自分じぶんはへそくりを溜ためるというふうだった。――もう顔かおを見みるのも声こえを聞きくのもいやらしくなったので、古石場ふるいしばの帳場ちょうばがつぶれるとすぐ、彼かれは江戸えどを逃にげだした。

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