おじいさんのお話は、何度聞いてもあきませんでした。そのように、何度もおなじ話をくりかえしたり、又時にはびっくりする程新しい話だったりしました。何度も聞いた話でも、おじいさんが語ると、それは新しい話のように和子の心にしみこみますし、初めて聞く話はまたそれで、どこかで聞いたことのあるような、なつかしさをおぼえました。それは、和子自身の幼い記憶と、多かれ少かれつながるものであるからでしょう。
「おじいさん、ほら、いつかしらん、おじいさんといっしょにたんぼの中を雨にぬれて走ったでしょう、カ子、あれおぼえとるわ。」
和子が遠い遠い記憶の中からたぐり出して語ると、おじいさんはびっくりして、
「ありゃお前、四つ位の時じゃったぞ、それにたんぼじゃない、山じゃったよ、お前をつれてドングリの苗を植えに行った帰りじゃった。おじいさんが苗を植えよる間に、カ子はヒメユリやトラノオや、いろんな草花をそこらじゅうで一抱えほどもつんできて、持って帰りよったのう。雨がひどく降り出してきておじいさんがカルコにのせてカ子をおぶってやっても、カ子はその花を抱えていて、なんぼ捨ていというても離さんもんで、おじいさんの首筋から花のしずくが流れこんできて、おじいさんはかぜをひいてしもうた。それもおぼえとるかい。」
「そんなことおぼえとらんけんど、おじいさんの手拭で頬かぶりしたの、知っとるわ。」
「ふむそうかいな、それはおじいさんは忘れとったのう。そんなら、泳ぎに行って、おぼれかけたのはおぼえとるかい、ありゃカ子が五つか六つの夏じゃったで。」
「えっ、私がおぼれかけたの、どこで。」
和子はびっくりしてとんきょうな声をあげました。おじいさんは白髪の頭を後になでながら、はっはっはと笑い、
「それじゃいうでなかった、あの時、お前のお母さんにひどく叱られてのう、あとにも先にも、お前のお母さんが怒ったのは、あの時だけじゃった。もしものことがあったら、どうしてくれますか、いうてのう。そのはずじゃ、かけがえのないひとり子じゃもの、それからはカ子も海を恐がって、その年の夏は泳ぎにゆかないんだよ。」
和子はその時のようすを想像してみましたがおじいさんのきょうしゅくした顔は考えられても、お母さんが怒った顔は思い浮かびませんでした。それほどやさしいお母さんでした。和子のお父さんが船乗りであるために、年中和子の家はおじいさんともに三人であり、しかもお母さんは学校へ出ていましたので、昼間は二人だけでお留守番をすることに、和子は小さい時からならされていました。おじいさんは、和子のために竹トンボを作ったり、新聞紙でかぶとをこしらえたり、木ぎれで小舟をつくったりいろんなおもちゃをじょうずにこしらえてくれました。
「これではまるで男の子を育ててるようね、今に竹馬でもお作りになるのでしょう。」
と、お母さんはおかしがりました。そして学校のお土産にお手玉や、小さい人形などをつくって持ってかえるようになりました。