← Library‹ おるすばん 四

お父ちちさんがいよいよ船ふねをおりて、家いえへ帰かえられてから間まもなく、和子わこのお母ははさんは、この世よの命いのちを終おわりました。泣ないて泣ないて、病気びょうきになるほどなげく和子わこを、おじいさんとお父ちちさんは、少すこしづつ立たち直なおらせて、もとの和子わこに戻もどらせようとしました。その心こころもちは、和子わこの胸むねにひびいて、和子かずこはおじいさんやお父ちちさんの気持きもちにそってゆきました。ことにおじいさんの語かたってくれる小ちいさい時ときの話はなしは、和子わこの心こころをひとりでに母ははのそばへつれてゆくのでした。母ははの姿すがたを、残のこらずわが心こころに留とめておくために、和子かずこは自分じぶんの幼おさない日ひのことを聞きくのが楽たのしみでした。

「カ子この小ちいさい時ときは元気げんき山さんでな、五いつつの時ときに金比羅こんぴらさまの石段いしだんをひとりで登のぼりよったもの。手てをひいてやるというても、ふりきって登のぼりよった。おかげでくたびれてしまうて、戻もどりはずっと眠ねむりぼうけてのう、お母ははさんがえらいなんぎしよった。お前まえは石いし俵たわらのように重おもたい子供こどもじゃったからのう。」

和子かずこのそうぞうの世界せかいには、眠ねむりぼうけた子こをおぶって幾いく百千ひゃくせんの石段いしだんをおりてくる母ははの姿すがたが浮うかびでてきました。和子かずこがまた、おじいさんと二人ふたりで、留守るすをするようになったのは、お母ははさんの一いち年ねん忌きを前まえにした、初夏しょかのことでありました。海員かいいんをやめて村むらへ帰かえってきたお父ちちさんではありましたが、太平たいへい洋よう戦争せんそうになってから身みについたしょくのために、ふたたび海うみへかえらねばならない時ときがきたのです。

「また船ふねで一いちはたらきしてくるからね。和子かずこはおじいさんと仲なかよくお留守るす番ばんをたのむよ。」

和子かずこはひとり、胸むねをどきどきと高鳴たかならせていましたが、それとて、涙なみだが出でることではありませんでした。お母ははさんと別わかれた悲かなしみにきたえられた和子わこの心こころは、お父ちちさんとの別わかれをむやみと悲かなしんではならないと教おしえるものがありました。

「お父ちちさん、心配しんぱいなどしないでね。」

和子かずこの短みじかい別わかれの言葉ことばに対たいして、お父ちちさんはもっと短みじかく、

「ああ。」といって笑わらいながらうなずきました。

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