お父さんがいよいよ船をおりて、家へ帰られてから間もなく、和子のお母さんは、この世の命を終りました。泣いて泣いて、病気になるほどなげく和子を、おじいさんとお父さんは、少しづつ立ち直らせて、もとの和子に戻らせようとしました。その心もちは、和子の胸にひびいて、和子はおじいさんやお父さんの気持にそってゆきました。ことにおじいさんの語ってくれる小さい時の話は、和子の心をひとりでに母のそばへつれてゆくのでした。母の姿を、残らずわが心に留めておくために、和子は自分の幼い日のことを聞くのが楽しみでした。
「カ子の小さい時は元気山でな、五つの時に金比羅さまの石段をひとりで登りよったもの。手をひいてやるというても、ふりきって登りよった。おかげでくたびれてしまうて、戻りはずっと眠りぼうけてのう、お母さんがえらいなんぎしよった。お前は石俵のように重たい子供じゃったからのう。」
和子のそうぞうの世界には、眠りぼうけた子をおぶって幾百千の石段をおりてくる母の姿が浮かびでてきました。和子がまた、おじいさんと二人で、留守をするようになったのは、お母さんの一年忌を前にした、初夏のことでありました。海員をやめて村へ帰ってきたお父さんではありましたが、太平洋戦争になってから身についたしょくのために、ふたたび海へかえらねばならない時がきたのです。
「また船で一はたらきしてくるからね。和子はおじいさんと仲よくお留守番をたのむよ。」
和子はひとり、胸をどきどきと高鳴らせていましたが、それとて、涙が出ることではありませんでした。お母さんと別れた悲しみにきたえられた和子の心は、お父さんとの別れをむやみと悲しんではならないと教えるものがありました。
「お父さん、心配などしないでね。」
和子の短い別れの言葉に対して、お父さんはもっと短く、
「ああ。」といって笑いながらうなずきました。