← Library‹ 花のき村と盗人たち 二

とつぜん、

「ぬすとだッ。」

「ぬすとだッ。」

「そら、やっちまえッ。」

という、おおぜいの子供こどもの声こえがしました。子供こどもの声こえでも、こういうことを聞きいては、盗人ぬすびととしてびっくりしないわけにはいかないので、かしらはひょこんと跳とびあがりました。そして、川かわにとびこんで向むこう岸ぎしへ逃にげようか、藪やぶの中なかにもぐりこんで、姿すがたをくらまそうか、と、とっさのあいだに考かんがえたのであります。

しかし子供達こどもたちは、縄切なわきれや、おもちゃの十手じってをふりまわしながら、あちらへ走はしっていきました。子供達こどもたちは盗人ぬすびとごっこをしていたのでした。

「なんだ、子供達こどもたちの遊あそびごとか。」

とかしらは張はり合あいがぬけていいました。

「遊あそびごとにしても、盗人ぬすびとごっことはよくない遊あそびだ。いまどきの子供こどもはろくなことをしなくなった。あれじゃ、さきが思おもいやられる。」

じぶんが盗人ぬすびとのくせに、かしらはそんなひとりごとをいいながら、また草くさの中なかにねころがろうとしたのでありました。そのときうしろから、

「おじさん。」

と声こえをかけられました。ふりかえって見みると、七なな歳さいくらいの、かわいらしい男おとこの子こが牛うしの仔こをつれて立たっていました。顔かおだちの品ひんのいいところや、手足てあしの白しろいところを見みると、百姓ひゃくしょうの子供こどもとは思おもわれません。旦那衆だんなしゅうの坊ぼっちゃんが、下男げなんについて野のあそびに来きて、下男げなんにせがんで仔牛こうしを持もたせてもらったのかも知しれません。だがおかしいのは、遠とおくへでもいく人ひとのように、白しろい小ちいさい足あしに、小ちいさい草鞋わらじをはいていることでした。

「この牛うし、持もっていてね。」

かしらが何なにもいわないさきに、子供こどもはそういって、ついとそばに来きて、赤あかい手綱たづなをかしらの手てにあずけました。

かしらはそこで、何なにかいおうとして口くちをもぐもぐやりましたが、まだいい出ださないうちに子供こどもは、あちらの子供こどもたちのあとを追おって走はしっていってしまいました。あの子供こどもたちの仲間なかまになるために、この草鞋わらじをはいた子供こどもはあとをも見みずにいってしまいました。

ぼけんとしているあいだに牛うしの仔こを持もたされてしまったかしらは、くッくッと笑わらいながら牛うしの仔こを見みました。

たいてい牛うしの仔こというものは、そこらをぴょんぴょんはねまわって、持もっているのがやっかいなものですが、この牛うしの仔こはまたたいそうおとなしく、ぬれたうるんだ大おおきな眼めをしばたたきながら、かしらのそばに無心むしんに立たっているのでした。

「くッくッくッ。」

とかしらは、笑わらいが腹はらの中なかからこみあげてくるのが、とまりませんでした。

「これで弟子でしたちに自慢じまんができるて。きさまたちが馬鹿ばかづらさげて、村むらの中なかをあるいているあいだに、わしはもう牛うしの仔こをいっぴき盗ぬすんだ、といって。」

そしてまた、くッくッくッと笑わらいました。あんまり笑わらったので、こんどは涙なみだが出でて来きました。

「ああ、おかしい。あんまり笑わらったんで涙なみだが出でて来きやがった。」

ところが、その涙なみだが、流ながれて流ながれてとまらないのでありました。

「いや、はや、これはどうしたことだい、わしが涙なみだを流ながすなんて、これじゃ、まるで泣ないてるのと同おなじじゃないか。」

そうです。ほんとうに、盗人ぬすびとのかしらは泣ないていたのであります。――かしらは嬉うれしかったのです。じぶんは今いままで、人ひとから冷つめたい眼めでばかり見みられて来きました。じぶんが通とおると、人々ひとびとはそら変へんなやつが来きたといわんばかりに、窓まどをしめたり、すだれをおろしたりしました。じぶんが声こえをかけると、笑わらいながら話はなしあっていた人ひとたちも、きゅうに仕事しごとのことを思おもい出だしたように向むこうをむいてしまうのでありました。池いけの面おもてにうかんでいる鯉こいでさえも、じぶんが岸きしに立たつと、がばッと体たいをひるがえしてしずんでいくのでありました。あるとき猿廻さるまわしの背中せなかに負おわれている猿さるに、柿かきの実みをくれてやったら、一口ひとくちもたべずに地じべたにすててしまいました。みんながじぶんを嫌きらっていたのです。みんながじぶんを信用しんようしてはくれなかったのです。ところが、この草鞋わらじをはいた子供こどもは、盗人ぬすびとであるじぶんに牛うしの仔こをあずけてくれました。じぶんをいい人間にんげんであると思おもってくれたのでした。またこの仔牛こうしも、じぶんをちっともいやがらず、おとなしくしております。じぶんが母牛ははうしででもあるかのように、そばにすりよっています。子供こどもも仔牛こうしも、じぶんを信用しんようしているのです。こんなことは、盗人ぬすびとのじぶんには、はじめてのことであります。人ひとに信用しんようされるというのは、何なんといううれしいことでありましょう。……

そこで、かしらはいま、美うつくしい心こころになっているのでありました。子供こどものころにはそういう心こころになったことがありましたが、あれから長ながい間あいだ、わるい汚きたない心こころでずっといたのです。久ひさしぶりでかしらは美うつくしい心こころになりました。これはちょうど、垢あかまみれの汚きたない着物きものを、きゅうに晴はれ着ぎにきせかえられたように、奇妙きみょうなぐあいでありました。

――かしらの眼めから涙なみだが流ながれてとまらないのはそういうわけなのでした。

やがて夕方ゆうがたになりました。松蝉まつぜみは鳴なきやみました。村むらからは白しろい夕ゆうもやがひっそりと流ながれだして、野のの上うえにひろがっていきました。子供こどもたちは遠とおくへいき、「もういいかい。」「まあだだよ。」という声こえが、ほかのもの音おととまじりあって、ききわけにくくなりました。

かしらは、もうあの子供こどもが帰かえって来くるじぶんだと思おもって待まっていました。あの子供こどもが来きたら、「おいしょ。」と、盗人ぬすびとと思おもわれぬよう、こころよく仔牛こうしをかえしてやろう、と考かんがえていました。

だが、子供こどもたちの声こえは、村むらの中なかへ消きえていってしまいました。草鞋わらじの子供こどもは帰かえって来きませんでした。村むらの上うえにかかっていた月つきが、かがみ職人しょくにんの磨みがいたばかりの鏡かがみのように、ひかりはじめました。あちらの森もりでふくろうが、二声ふたこえずつくぎって鳴なきはじめました。

仔牛こうしはお腹なかがすいて来きたのか、からだをかしらにすりよせました。

「だって、しようがねえよ。わしからは乳ちちは出でねえよ。」

そういってかしらは、仔牛こうしのぶちの背中せなかをなでていました。まだ眼めから涙なみだが出でていました。

そこへ四よん人にんの弟子でしがいっしょに帰かえって来きました。

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