子供たちは綿菓子を喰べながら、稚児さんが二つの扇を、眼にもとまらぬ速さでまわしながら、舞台の上で舞うのを見ていました。その稚児さんは、お白粉をぬりこくって顔をいろどっているけれど、よく見ると、お多福湯のトネ子でありましたので、
「あれ、トネ子だよ、ふふ」
とささやきあったりしました。
稚児さんを見てるのに飽くと、くらいところにいって、鼠花火をはじかせたり、かんしゃく玉を石垣にぶつけたりしました。
舞台を照らすあかるい電燈には、虫がいっぱい来て、そのまわりをめぐっていました。見ると、舞台の正面のひさしのすぐ下に、大きな、あか土色の蛾がぴったりはりついていました。
山車の鼻先のせまいところで、人形の三番叟が踊りはじめる頃は、すこし、お宮の境内の人も少くなったようでした。花火や、ゴム風船の音もへったようでした。
子供たちは山車の鼻の下にならんで、仰向いて、人形の顔を見ていました。
人形は大人とも子供ともつかぬ顔をしています。その黒い眼は生きているとしか思えません。ときどき、またたきするのは、人形を踊らす人がうしろで糸をひくのです。子供たちはそんなことはよく知っています。しかし、人形がまたたきすると、子供たちは、何だか、ものがなしいような、ぶきみなような気がします。
するととつぜん、パクッと人形が口をあきペロッと舌を出し、あっというまに、もとのように口をとじてしまいました。まっかな口の中でした。
これも、うしろで糸をひく人がやったことです。子供たちはよく知っているのです。ひるまなら、子供たちは面白がって、ゲラゲラ笑うのです。
けれど子供たちは、いまは笑いませんでした。提灯の光の中で、――影の多い光の中で、まるで生きている人間のように、まばたきしたり、ペロッと舌を出したりする人形……何というぶきみなものでしょう。
――子供たちは思い出しました、文六ちゃんの新しい下駄のことを。晩げに新しい下駄をおろすものは狐につかれるといったあの婆さんのことを。
子供たちは、じぶんたちが、ながく遊びすぎたことにも気がつきました。じぶんたちにはこれから帰ってゆかねばならない、半里の、野中の道があったことにも気がつきました。