← Library‹ 牛をつないだ椿の木 三

旅たびの人ひとや、町まちへゆく人ひとは、しんたのむねの下したの椿つばきの木きに、賽銭箱さいせんばこのようなものが吊つるされてあるのを見みました。それには札ふだがついていて、こう書かいてありました。

「ここに井戸いどを掘ほって旅たびの人ひとにのんでもらおうと思おもいます。志こころざしのある方かたは一いち銭せんでも五ご厘りんでも喜捨きしゃして下ください。」

これは海蔵かいぞうさんのしわざでありました。それがしょうこに、それから五ご、六むい日にちのち、海蔵かいぞうさんは、椿つばきの木きに向むかいあった崖がけの上うえにはらばいになって、えにしだの下したから首くびったまだけ出だし、人々ひとびとの喜捨きしゃのしようを見みていました。

やがて半田はんだの町まちの方ほうからお婆ばあさんがひとり、乳母車うばぐるまを押おしてきました。花はなを売うって帰かえるところでしょう。お婆ばあさんは箱はこに目めをとめて、しばらく札ふだをながめていました。しかし、お婆ばあさんは字じを読よんだのではなかったのです。なぜなら、こんなひとりごとをいいました。

「地蔵じぞうさんも何なにもないのに、なんでこんなとこに賽銭箱さいせんばこがあるのじゃろ。」そしてお婆ばあさんは行いってしまいました。

海蔵かいぞうさんは、右手みぎてにのせていたあごを、左手ひだりてにのせかえました。

こんどは村むらの方ほうから、しりはしょりした、がにまたのお爺じいさんがやって来きました。「庄平しょうへいさんのじいさんだ。あの爺じいさんは昔むかしの人間にんげんでも、字じが読よめるはずだ。」と、海蔵かいぞうさんはつぶやきました。

お爺じいさんは箱はこに眼めをとめました。そして「なになに。」といいながら、腰こしをのばして札ふだを読よみはじめました。読よんでしまうと、「なアるほど、ふふウん、なアるほど。」と、ひどく感心かんしんしました。そして、懐ふところの中なかをさぐりだしたので、これは喜捨きしゃしてくれるなと思おもっていると、とり出だしたのは古ふるくさい莨入たばこいれでした。お爺じいさんは椿つばきの根元ねもとでいっぷくすって行いってしまいました。

海蔵かいぞうさんは起おきあがって、椿つばきの木きの方ほうへすべりおりました。

箱はこを手てにとって、ふってみました。何なんの手てごたえもないのでした。

がっかりして海蔵かいぞうさんは、ふうッと、といきをもらしました。

「けっきょく、ひとは頼たよりにならんとわかった。いよいよこうなったら、おれひとりの力ちからでやりとげるのだ。」

といいながら、海蔵かいぞうさんは、しんたのむねをのぼって行いきました。

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